日本は人口減少時代に入り、世帯数も近い将来には減る推計ですから、必然的に住宅が過剰供給になって空き家は増えます。
現に、平成25年には約820万戸ある空き家のうち、活用される予定のない空き家が約318万戸もあり、所在地の自治体は空き家対策を考えなくてはなりません。
一方、空き家の所有者においても、無駄に維持費を負担し続けるのも厳しいのですが、住宅需要が小さい田舎ではうまく活用できないのも現実です。
この問題の解決策として注目されているのは、移住希望者へ空き家を一定期間貸し出す「移住体験住宅」での活用です。まだまだ数は少ないとはいえ、徐々に設置している自治体が増えてきました。
移住体験住宅による空き家活用について考察してみます。
移住体験住宅とは?
自治体によって移住体験住宅の呼び方は異なり、お試し居住住宅、お試し暮らし住宅、生活体験住宅、田舎暮らし体験住宅など様々です。
いずれにせよ、移住体験住宅は次のような運用方針で実施されます。
- 自治体外から移住を検討または希望している人が対象
- 旅行や観光などの目的外利用は不可
- 生活に必要な家具や家電製品など設備が備え付けてある
- 消耗品や食材は利用者が用意
- 貸出期間は物件によって1日~3年程度まで幅広い
- 多くは定期借家契約が結ばれる
- 家賃(利用料)は無料~周辺の賃貸相場並みまで幅広い
宿泊施設や賃貸物件と大きく異なる点に気付いたでしょうか?
移住体験住宅の特徴は、生活に必要な家具や家電製品が備え付けてあることです。移住希望者に生活物資の揃った住宅を一定期間貸し出し、即座に生活体験をしてもらうことで移住に繋げようとする試みなのです。
いくら自治体の魅力をアピールしても、実際に生活するのは誰でもためらいますので、移住体験住宅でのプチ移住から始めようというわけですね。
移住体験住宅が増えてきた背景
これまでもそうですが、自治体内の施設見学や自然体験、地場産業の体験など、複数の体験プログラムを用意した移住体験ツアーは数多くあります。
ところが、移住体験ツアーを実施しても、交通費・宿泊料・体験料・食事代などの実費全てを参加者負担にはできないですし、宿泊場所・移動用車両の手配や職員の同行など、大きな手間が発生する割には成果が得られません。
旅行会社と提携して負担を軽減する自治体も多いですが、主催がどこであれ、興味がある・参加してみたい程度の軽い動機の人も取り込まなければならないからです。参加条件が移住前提では人が集まらないでしょう。
また、短期間の移住体験ツアーでは、本当の意味での日常を体験できるはずもなく、楽しむことはできても移住までに至らないのは仕方がありません。
そこで、家具や家電製品が備え付けの住宅を提供し、日常生活に近いリアルな体験をしてもらうことが、移住促進には重要だと考えるようになったのです。
移住体験住宅に使われる住宅は公有が多い
移住体験住宅が空き家活用に繋がることは疑いようもありません。
しかしながら、移住体験住宅で民間の空き家を活用している事例はまだまだ少ない現状です。その理由は、自治体で所有する住宅が優先されるからです。
- 廃校になった学校の教員住宅
- 以前からある公営住宅の空き部屋
- 人員削減で不要になった職員住宅
- 定住者向けに整備した住宅の空き部屋
- 体験交流施設など住宅機能を持った施設の一部
- 民間所有の空き家または賃貸物件
主にこういった住宅が、移住体験住宅として活用されています。自治体としても、公費で建てた住宅を無駄なく使いたいのは理解できますよね。
民間所有の空き家や賃貸物件を使う場合、自治体が住宅を借り上げて、利用者に転貸する形式で運営されます。ここがポイントで、自治体という確実な借主から賃料が入り、管理もしてくれる空き家活用は他にないでしょう。
移住体験住宅が多い地域
移住体験住宅の設置傾向は地域差が顕著です。都道府県の施策も影響すると考えられますが、移住体験住宅の必要性については地域の事情が色濃く出ています。
では、どのような地域で移住体験住宅が多いのでしょうか?
これは重要なテーマで、自分の所有する空き家が、次のような地域に該当していれば、移住体験住宅のニーズは潜在的に高いと言えます。
1.大都市圏から遠く交通の便が良くない地域
大都市圏に近い地域では、日帰りでの来訪が期待できるので、地域の生活を知ってもらうための施策として、移住体験住宅はそれほど促進されていません。
また、大都市圏の周辺自治体はベットタウンになっており、通勤・通学が1時間程度までは、移住を促進しなくても人が集まる土壌を持っています。
典型的には、北海道のように大都市圏から遠い地域は、来訪時の宿泊需要が必然的に高くなるため、他の地域よりも移住体験住宅の数が多いです。
ところが、同様に大都市圏から遠い沖縄県には、移住体験住宅がほとんど見られません。沖縄県には移住体験住宅が少ない別の理由があるのです。
2.観光産業が発展していない地域
観光資源に乏しい地域は、積極的に地域の魅力をアピールしないと移住が進まず、厳しい財政を強いられながらも、移住体験住宅を整備している傾向が強いです。
一般的に、第一次産業(農林水産業)は人が集まりにくく、第二次産業(製造業や建設業など)の雇用創出効果も、従業者やその家族など関係者が移住するだけで、無関係な人まで呼び込むほどの材料にはならないでしょう。
全国から来る観光客の中には、気に入って移住したいと思う人が現れるかもしれず、実際に現地へ来てもらうことは、移住促進にとって最大級のポイントです。
移住体験住宅の少ない沖縄県は、日本有数のリゾート観光地で、経済を支える基盤が観光産業であることは誰でも知っています。いくらでも人は来るのですから、費用をかけてまで移住体験住宅を整備する意識に乏しいのも無理はありません。
一方、移住体験住宅の多い北海道も観光地として人気ですが、圧倒的な北海道の広さに対して著名な観光地は少なく、全体では第一次産業を基盤としている産業構造です。
第一次産業は、とりわけ次世代の担い手不足が深刻な課題であり、外部から移住してもらいたい事情を常に抱えています。
3.人口が減少している地域
当たり前の話ですが、人口が増え続けているのに移住対策が必要と考える自治体は少ないです。現に過疎地域となっている自治体、今後人口減少が著しいと推測される自治体は、移住体験住宅を整備し始めています。
沖縄県に移住体験住宅が少ない要因として、観光産業が発展しているだけではなく、全国トップクラスの人口増加率であることも大きいでしょう。
また、人口減少は地方都市にも大きな課題となっており、三大都市圏を除くと、全国的に地方都市で移住体験住宅は増えている傾向です。
4.小まとめ
こうして移住体験住宅が設置されやすい傾向を確認してみると、移住を促進したい事情から、田舎の過疎地域ほどチャンスがあるとわかるのではないでしょうか。
問題は、肝心の自治体に移住体験住宅を設置する財政的余裕があるかどうかで、過疎地域の財政は厳しく、始めたくても予算不足の自治体が多いです。
したがって、まだまだこれからの話になるのですが、田舎でも希望はあるだけに諦めず活用の手段を探っておくのは大切な心構えでしょう。最初は公営住宅から始まっても、成果が出て移住者が増えると戸数も増えていくはずです。
民間住宅を使った移住体験住宅の事例
紹介できる事例は少ないのですが、通年の賃貸借契約と使用貸借で移住体験住宅を実施している事例、一定期間のイベントとして募集している事例を紹介します。
岐阜県加茂郡白川町
田舎暮らし体験住宅「どさない」と称して、定期建物賃貸借契約で借り上げた空き家(借上期間は不明)を、移住希望者に最長3ヶ月間提供しています。
田舎暮らし体験住宅「どさない」
※新型コロナウイルスの影響で休止されたようです。2022/4/19確認
「どさない」とは白河町の方言で「心配ない・大丈夫」ですから、白河町のことを知らない町外在住者でも、安心して暮らせる住宅という意味になります。
利用料は1か月30,000円(光熱水費など諸経費込み)、平成29年3月現在で2軒ある移住体験住宅のうち、1軒は平成4年築ですが、もう1軒は明治37年築の超古民家です。
移住体験住宅には、古民家と呼ばれるほど古い空き家も使われており、それがアピールにもなるくらいで、一般の賃貸住宅とはニーズが異なるのです。
秋田県鹿角市
鹿角市の場合、空き家の所有者と10年間の土地建物使用貸借契約を結び、最長で6ヶ月(契約更新で最長1年間)まで移住希望者に提供しています。
鹿角市「お試し住宅」
※新型コロナウイルスの影響で休止されたようです。2022/8/12確認
白河町と同じく1か月30,000円ですが、所有者との使用貸借契約に加え、光熱水費等は利用者負担なので、白河町と鹿角市の移住体験住宅は運用コストがまるで異なります。
- 白河町の負担:所有者への賃料、光熱水費など諸経費、維持管理費用
- 鹿角市の負担:維持管理費用
白河町のように、所有者への賃料も諸経費も自治体負担では、利用者から徴収した利用料が全て消えてしまうレベルです。鹿角市のケースでは、清掃費等の維持管理費用はかかるかもしれませんが、利用者がいればプラス収支でしょう。
営利目的ではないので収支は関係ないように思えますが、プラスにできる立地なら自分で賃貸経営する活用方法も見えてくるので、移住体験住宅として自治体に貸すことが最善とも言えないわけです。
神奈川県三浦市
不動産会社と提携した「トライアルステイ」と称する事業により、移住希望者の滞在用に2週間から1か月の短期間で空き家を借り上げます。
三浦市トライアルステイ(お試し居住)
※令和2年度からは民間企業の実施に変わったようです。
通年の事業ではないため、開催時期(平成28年は9月~11月)の間だけ民間の物件を借り上げて、参加者へ転貸する仕組みを採用しており、売却・賃貸用に不動産市場へ流通しているかどうかは問われません。
また、賃料は市場価格を参考に決められ、光熱水費は定額の事業者負担となるため、短期とはいえ賃貸で活用する水準になります。ただし、リフォームはしてもらえないので、現状で居住に不都合がある状況では貸すことができません。
良く見られる移住体験住宅とは異なり、同様の運用は普及しておらず、イマイチ参考にはならないかもしれませんが、こうした事例もあるということです。
移住体験住宅として活用するメリット
移住体験住宅による空き家活用は、空き家をどうやって維持・活用したら良いのか先が見えない所有者にとって、非常に多くのメリットを持ちます。
ただし、事例として紹介した自治体(岐阜県加茂郡白川町・秋田県鹿角市)を参考にしているため、全国共通のメリットではないことには注意してください。
田舎でも需要がある
空き家の数としては、絶対的な住宅数の多い都市圏のほうが多くなりますが、都市圏は住宅需要が高いので、賃料を下げるなどすれば活用できるでしょう。
移住体験住宅が優れているのは、田舎でも需要がある点です。
移住希望者にも色々なタイプがあって、利便性の高い市街地を選ぶ人もいれば、静かな暮らしに憧れ、あえて人寂しい里山を選ぶ人もいます。
移住者を増やしたい自治体は、あらゆる地域への移住需要に応える必要があり、バラエティに富んだラインアップが望ましいので、住宅の場所はあまり問われません。
家財の処分が不要かもしれない
移住体験住宅では、利用者が生活のために利用する家具や家電製品が必要です。空き家活用が進まない理由のひとつに家財の処分があり、事実上、物置同然になっている空き家も多いのではないでしょうか。
さすがに仏壇のような特殊な物を置いておくのは難しいとしても、他の家財については、使えるものなら処分しなくて済む可能性は大いにあります。
ただし、自治体が家具・家電製品も含めて借り上げるのか、所有者が全て運び出して、自治体が別途用意するのかは運用しだいなので確定ではありません。
一定期間は安定した賃料収入
貸す相手が自治体なのですから、一般消費者と違って賃料が未払いになる心配はなく、肝心の賃料は自治体によって異なります。
例えば、事例として紹介した白川町では、「公租公課、火災保険料等を考慮しつつ貸主との協議において必要と認められる相当額」と定められています(白川町移住体験住宅設置要綱第3条第2項)。
ですから、賃貸住宅として活用するよりも高く貸すことは望めなくても、公租公課、火災保険料等の維持費については賃料でカバーできるはずですし、貸したくても貸せない空き家なら維持費程度でも十分の条件でしょう。
修繕・管理をしてもらえる
移住体験住宅の場合、移住希望者が日常生活を可能にする程度の修繕・改良は、貸主(所有者)の承認を受けた上で自治体側が行います。また、移住体験住宅の維持管理義務も自治体側で負います。
したがって、貸主が費用負担してリフォームや管理をする必要はなく、この点だけでも空き家を持て余している所有者には朗報ではないでしょうか。
それでも公費を使うのですから、借り上げ候補は「少し手直しすれば使える」程度が限界で、修繕費が多額になる空き家は、最初から対象にならないでしょう。
また、自治体が行った修繕・改良等については、契約満了や契約解除による住宅の返還があっても、自治体側で原状回復義務を負いません。逆に、自治体が修繕・改良した費用を貸主に請求することもありません。
公共用途で使われている満足感
メリットと感じるかどうかは人それぞれですが、使い道のない空き家を地域のために提供するのは、気持ちが良いのではないでしょうか。
現在は他の地域に住んでいるとしても、空き家を所有しているからには、例えば実家なら幼い頃に住んでいたなど、何らかの形でその地域と関係があったはずです。
地域の活性化に貢献したい意思があれば、たとえ無償(使用貸借)での提供でも、空き家を遊ばせておくよりは満足感を得られるでしょう。
ただ、資産活用を考えている過程では、使用貸借で貸してしまうと、その間は塩漬け状態となってしまい、家も古くなるので(場合によっては自治体にリフォームしてもらえますが)有償の賃貸借を目指すべきです。
まとめ
空き家活用が声高に叫ばれていても、住宅需要を無視できないだけに、どのような活用方法も今一つ効果は上がっていない気がします。
運良く売ることができた人・貸すことができた人は幸運で、田舎に行くほど住宅需要は小さく、空き家の処分に困っている所有者の悩みは深刻です。
移住体験住宅による空き家活用は、活用方法のひとつでしかないですが、他の活用方法で弱点になりがちな、不便な田舎でも強みになります。
自治体以外にも、地域にNPO団体・住民団体など移住支援団体があれば、移住体験住宅の可能性は広がるので、所有する空き家の地域事情を良く調べてみましょう。