農地集積バンクとは?政策転換と今後の農業に求められる競争力

安倍政権が成長戦略として掲げた内容のひとつに農政改革があり、農地集積バンクによって農業を成長産業にする目標が掲げられています。

この農地集積バンクは、簡単に言ってしまうと、小規模農家から農地を借り上げて集め、ある程度の大きさで大規模農家に貸し出す施策です。

農地集積バンクの初年度は散々な結果に終わったことで、予算の無駄遣いであるとか、結局これまでの農業政策と何も変わらないなど強い批判を受けていましたが、ここに来て少しずつ成果が出てきたようです。

この記事では、農業集積バンクが作られた背景と農地集積バンクの仕組み、そしてこれまでの実績についても触れていきたいと思います。

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農地は長らく集積が課題だった

日本の農業は、戦前まで地主が小作人を使って農業をする小作農形態から、戦後は農家自らが農地を所有して耕作する自作農形態へと変化しました。農地の大部分が農家所有となったため、単純に農地所有者が増えたのです。

農業では農地が広いほど生産効率は上がります。ところが、同じ広さの農地で所有者が増えると、それだけ農家あたりの農地面積は小さくなりますよね。

農家あたりの農地面積が小さくなることで生産効率は落ちるのですが、地域の農家が資源を共有しながら共同体(集落)として農業をすることで補い、大部分の農地が耕作で使われていた時代には、それほど大きな問題にはなっていませんでした。

ところが、離農する農家や相続で非農家に所有者が変わるなどで、耕作されない農地が入り混じり、多くの地権者が存在する土地に分散化していきます。

分散化が進むほど非効率になることから、下図のように農地をまとめ、経営規模を拡大したい農家に営農させる「集積」が、ずいぶん前から課題となっていました。

農地の集積イメージ
画像出所:農林水産省資料

また、農地集積の目的は、単に経営規模の拡大だけではありません。一度荒廃した農地を元に戻すのは大変な労力を必要とするため、優良な農地を保全していくためにも、営農している農家が利用することに意味があります。

少子高齢化で農地の分散化・非農地化が加速する現状では、いち早く集積を進めないと、農業の衰退が避けられない危機的状況に陥っているのです。

生産コストの低さは競争力を向上させる

例えば、あなたが1ha(100m×100m)の畑を持っていたとします。

1haの畑を耕すのに、クワを手に持って端から端まで耕すのはとても大変なので、誰でもトラクターがあれば……と思うはずです。トラクターの購入費が300万円だとすると、この300万円は畑で獲れる作物から回収していくしかありません。

では、畑が10haに増えたとしたらどうなるでしょうか?

10haの畑を耕すからといって、トラクターを10台購入する人はおらず、既に購入したトラクターでカバーできますよね。ということは、1haで300万円かかっていたトラクターの購入費は10haでも変わらず、1haあたりの購入費が30万円まで減ります。

生産コストが下がると、それだけ作物の価格が安くなっても利益を確保できますから、大規模農家と小規模農家が同じ品質の作物を収穫する前提では、大規模農家のほうが低コストで競争力は高くなるというわけです。

競争相手は国内に限られない

同じことが、海外の農家と国内の農家にも言えます。海外の農業規模に比べて国内の農業規模は小さく、TPPで関税撤廃となれば、低コストな海外産と高コストな国内産が競合して、国内産の価格は下がることになるはずです。

無論、国内産に対する根強い人気もあるとはいえ、価格差が庶民の生活へ与えるインパクトは大きく、TPPの影響はどうしても避けられません。

国際競争力を高めていくためには、農業の生産性向上が必須と考えられており、それに先立つ農地集積が重要な課題になっています。

以前から農地集積は取り組まれていた

農地の集積事業は、これまでも取り組まれてきた経緯があります。

市町村の農業委員会による利用調整(昭和26年以降)、都道府県農業公社による農地保有合理化事業(昭和45年以降)、市町村・市町村公社・農協などを主体とする農地利用集積円滑化事業(平成22年以降)などです。

これらの集積事業は、事業実施団体が小規模農家や離農農家(出し手)から農地を集め、農業意欲が高く経営規模を大きくしたい農家(受け手)へ引き渡す点で、現在の農地集積バンクと方法論は変わりません。

というよりも、集積事業を行う場合、出し手と受け手の間に公的機関が入って、調整を行う方法以外には考えられないでしょう。

しかしながら、財政基盤が弱いこともあって、過去の集積事業はどうにもうまくいかず、農地集積はマトモな成果を上げられず時間が過ぎていきました。

農地保有合理化事業では、事業実施団体である農地保有合理化法人が、出し手から農地を買入れ・借入れ、集積して受け手へ売渡し・貸付けします。

しかし、農地保有合理化法人が受け手へ引き渡すまでストック(中間保有)しなくてはならず、保有中に農地価格が下落すると、買入れ価格よりも売渡し価格が低くなって差損を発生させるリスクを伴います。

財政的な問題から買入れ農地を十分にストックできず、受け手が決まってから買入れするなど、本来の再配分機能は十分に発揮されませんでした。

農地利用集積円滑化事業では、出し手が事業実施団体である農地利用集積円滑化団体へ、委任契約を結んで売渡し・貸付けの代理権を与えます。

代理権を得た農地利用集積円滑化団体は、出し手を代理して受け手と協議するのですが、受け手が見つからなければ契約にならず集積が進みません。

また、農地利用集積円滑化団体への委任が白紙委任で、受け手を選ぶことができない出し手の抵抗感もあって、うまく機能していないのが実情のようです。

農地集積バンクの創設と農業の競争力向上

農地集積と農業規模の拡大をテーマとして、規制改革会議や産業競争力会議で話し合われたのは、農業の企業参入を進めていくための制度作りです。

個人よりも競争力のある企業を農業に参入させ、低コストな農業の実現と6次産業化、農作物の輸出を促進させていくことが狙いになっています。

6次産業化とは、農産物の生産だけではなく、加工・流通まで含めた複合事業なのですが、零細の個人農家には直売所程度が限界で、6次産業化は到底無理でしょう。

つまり、農地集積バンクが創設された背景には、農業の企業化を進めて競争力を高めたい政府の意向があったということです。

裏の事情としては、農業分野へ参入したい経済界から、参入障壁を低くするよう圧力があったと言われていますので、政府の意向というよりは、むしろ経済界の意向を汲む形で農地集積バンクは作られました

売買メインの集積から貸借メインの集積へ

出し手と受け手の間に入り、自らが権利設定をして農地を集積する制度は、従来から農地保有合理化事業がありました。農地集積バンクとの違いは、農地保有合理化事業の売買メインに対し、農地集積バンクが貸借になることです。

農地の売買価格と小作料(賃借料)には数十倍から数百倍の開きがあるので、かなりの長期間で農業を続ける覚悟がなければ、借りたほうが安上がりです。

しかも、購入では固定資産税の負担もあって、営利を目的とする企業が農業に参入する場合は、特に貸借のニーズが強いでしょう。

例外として、北海道では小作料に対する売買価格が安く、売買のニーズが高いことから、売買による農地集積も相当行われてきました。

農地中間管理機構は売買も行っていますが、特例事業(農業経営基盤強化促進法第7条第1号)として、農地保有合理化事業を引き継ぐ形で実施されています。

これは、売買のニーズが高い北海道を踏まえたものと考えられます。

一方、出し手となる農家においては、守り続けてきた農地を手放すことには抵抗があり、直接農家間で貸し借りするのも、返してもらえない不安が大きいはずです。

そこで、農地集積バンクでは、出し手から農地を借り受け、受け手に貸し付ける転貸としました。出し手と受け手の間に入るのは農地中間管理機構です。

農地中間管理機構と農地集積バンクの目的

農地中間管理機構(以下、機構)は都道府県単位で設置され、農業公社等が指定されています。機構で行う事業(農地中間管理事業)が農地集積バンクです。

農地中間管理事業の推進に関する法律(以下、農地中間管理事業推進法)では、その目的を次のように定めています。

農地中間管理事業推進法 第一条
この法律は、農地中間管理事業について、農地中間管理機構の指定その他これを推進するための措置等を定めることにより、農業経営の規模の拡大、耕作の事業に供される農用地の集団化、農業への新たに農業経営を営もうとする者の参入の促進等による農用地の利用の効率化及び高度化の促進を図り、もって農業の生産性の向上に資することを目的とする。
e-Gov 農地中間管理事業推進法

農業の生産性向上を目的として、農地利用の効率化・高度化の促進を図るのですが、そのために経営規模拡大、農地集積、新規就農の3つを挙げています。

経営規模拡大と新規就農は、企業参入や法人化によって促進されるとしても、農地集積だけは地権者との調整が不可欠で、自発的な集積に頼っていても限界があるとして創設されたのが農地集積バンクでした。

農地を集積して、大規模経営が可能な担い手へ引き継ぐことで、小規模農業から大規模農業へと転換していく農業政策です。

農地集積バンクの目標

農地集積バンクが産業競争力会議・農業分科会で話し合われていた平成25年当時、平成22年までのデータが資料として使われていました。

  • 農地面積:459万ha
  • 担い手の利用面積:226万ha(農地面積全体の49.1%)
  • 耕作放棄地:39.6万ha

このうち担い手(意欲的で大規模な営農を可能にする農業者の総称)の利用面積を、10年間で5割弱から8割へ向上させるのが農地集積バンクの目標です。そう言われてもピンと来ないかもしれないですね。

459万haの8割は約367万ha、担い手の利用面積226万haとの差は約140万haで、1haは0.01km2ですから1.4万km2となり、これは日本で3番目に広い福島県に匹敵する農地面積を、10年間で担い手へ動かすことになるわけです。

農地集積バンクの予算規模

農政改革は安倍政権の肝入り政策だけに、農地集積バンクで確保された予算は莫大です。毎年度多額の予算が次のように割り振られてきました。

農地中間管理機構事業機構集積協力金交付事業機構集積支援事業その他合計
平成25年補正137.21153.04110.00400.25
平成26年当初176.60100.0927.82304.50
平成26年補正200.29200.29
平成27年当初72.1890.0027.82190.00
平成28年当初13.1145.9122.2572.74154.01
合計399.10589.3377.89182.741249.05
※単位:億円
※データ:農林水産省
※端数があるため合計は不正確な部分もあります。

既に約1,250億円もの税金が投じられ、関連事業として配分された予算も含めると、その事業規模の大きさが良くわかるのではないでしょうか。

これだけの予算を投じて、過去の集積事業と同じく失敗したのでは批判が高まること必至で、かなり力を入れて農地集積は進められています。

農業への企業参入と農協改革

農政改革の一環として、安倍政権は2015年に地域農協の監査・指導を行っている全国農業協同組合中央会(JA全中)の権限を奪い、JAグループのトップ組織から一般社団法人へ転換させました(2019年9月末までが一般社団法人への移行期間)。

都道府県単位の中央会が残ったことで、実質的には変わらないとする声もありますが、地域農協が自立していくきっかけにはなるでしょう。

農地集積バンクで農地が集積され、農業への企業参入が進むと、小規模農家と違って流通ルートを持つ企業が農協を利用するとは限りません。政府は地域農協と上部組織の連合会にも競争を求めているのです。

農地集積バンクの仕組み

農地集積バンクの大きな特徴は、機構が出し手から農地を借り受け、機構が受け手に貸し付ける転貸システムになっていることです。

出し手は機構に農地を貸して賃料を受け取り、受け手は機構から農地を借りて賃料を支払うので、出し手と受け手の直接取引にはなりません。

この点は、出し手にすると受け手を探す必要がなくなり、受け手にすると複数の出し手との権利調整が発生せず、窓口が機構に一本化される利便性を持ちます。

また、農地の権利設定・移転には、農地法第3条の規定による農業委員会の許可(いわゆる3条許可)を必要としますが、農地集積バンクでは3条許可が不要です。

※3条許可については別記事を用意します。

出し手からの農地借受け

出し手が機構に貸付けを申し出ると、貸付希望者リストに登録されます。この時点では、受け手が決まっていないので機構は借り受けず賃料も発生しません。

公募された受け手とマッチングを行い、受け手が内定した時点で、出し手から農地を借り受けます。具体的には、出し手の農地に農地中間管理権を設定します。

農地中間管理権とは、賃借権・使用貸借権の他、農地貸付信託による所有権、都道府県知事の裁定による利用権を含みます(農地中間管理事業推進法第2条第5項)。

ただし、現実的には概ね賃借権と考えて問題ありません(出し手が賃料を望まなければ当然に使用貸借権です)。

この農地中間管理権は、ほとんどが市町村による農用地利用集積計画の公告(公表すること)で設定されます。というのも、機構の業務は委託することができ、地域の農地情報を把握している市町村への委託がメインだからです。

農用地利用集積計画とは

農業上の利用を目的とした農地について、市町村の行う利用権の設定・移転を促進する事業(利用権設定等促進事業)により、農業委員会の要請または決定を経て作成されるのが農用地利用集積計画です。

農用地利用集積計画には、農地を貸したい人(出し手)、借りたい人(機構)、存続期間、賃料などが定められ(農業経営基盤強化促進法第18条第2項)、公告だけで3条許可なしに権利設定・移転します(農業経営基盤強化促進法第20条、農地法第3条第1項第7号)。

普通は「これから○○します」とするのが計画なので、公告された時点で権利義務が発生する農用地利用集積計画は、イメージが湧きにくいかもしれませんね。

農地中間管理権の設定以降は、機構から出し手に(賃借権なら)賃料が支払われます。農用地利用集積計画による権利移動には法定更新がなく、存続期間の満了によって契約終了となります(農地法第17条)。

農地中間管理機構の役割

機構は受け手を公募し、機構のホームページ等で公表します。受け手の公表はされますが、出し手から受け手を指定することはできません。

同様に出し手も募集しているので、機構には出し手と受け手の情報が集まりマッチングが可能になります。このマッチング機能が機構の主な役割です。貸付期間や賃料も機構が間に入って調整します。

当然ながら、出し手がいて受け手が足りない、受け手がいて出し手が足りない状況もあるので、マッチングは必ずしも短期間で行われるものではありません。

受け手の選定は、貸付先決定ルール(機構が都道府県知事の認可を受けた農地中間管理事業規程に定められる)に基づき、優先されるケースもあります。

【優先されるケース】

  • 出し手の農地に隣接する受け手は優先される
  • 集落営農の構成員が出し手のときは集落営農が優先される
  • 地域内の受け手は地域外の受け手よりも優先される

また、機構は必要があれば区画拡大等の基盤整備を行って、受け手が一団の農地として利用できるように配慮します。

受け手への農地貸付け

機構が農地を受け手に貸し付けるためには、受け手に賃借権・使用貸借権がなくてはなりませんが、この権利設定・移転についても3条許可を必要としません。

具体的には、機構の定めた農用地利用配分計画を、都道府県知事が認可して公告することで、3条許可なしに権利設定・移転します(農地中間管理事業推進法第18条第6項、農地法第3条第1項第7号の2)。

農用地利用配分計画の公告で賃借権・使用貸借権を得た受け手は、農地利用が可能になり機構へ(賃借権なら)賃料を支払います。農用地利用配分計画による権利移動にも法定更新はなく、存続期間の満了によって契約終了となります(農地法第17条)。

農地集積バンクの実績

農地集積バンクは、平成26年度(初年度)の実績が散々で痛烈に批判されました。予算規模を考えると、黙っていられない人が出てくるのも無理はありません。

しかしながら、農地集積バンクが周知されてきたのか、機構ならびに市町村が頑張ったのか、平成27年度の実績は平成26年度よりも上がっています。

それでもなお、集積目標に対しては大きく不足しており、今後は相当な伸びを見せなければ、税金の無駄遣いと批判されるのは免れないでしょう。

平成26年度(初年度)

借入・転貸買入・売渡(特例事業)
借入転貸買入売渡
28,822ha23,896ha7,378ha7,114ha
集積目標集積増加(全体)転貸での新規集積転貸以外での集積
149,210ha62,934ha7,349ha55,585ha
42.2%4.9%37.3%
データ:農林水産省

上段は機構を経由して権利移転した面積で、機構が転貸した面積は23,896haありました。売り渡した面積は機構の特例事業(従来の農地保有合理化事業)ですから、農地集積バンクの実績としては23,896haです。

問題は下段で、機構が転貸した面積23,896haのうち、担い手以外から担い手へ集まった新規集積の面積が7,349haしかありません。

集積目標面積149,210haに対し、全体の集積増加面積は42%の62,934haに過ぎませんが、その中でも機構が貢献したのは7,349haしかないということです。

残りの55,585haは、売買や機構を経由しない貸借などで集積され、圧倒的に農地集積バンク以外で集積されていることが浮き彫りとなりました。初年度の農地集積バンクは、集積目標面積に対して僅か4.9%の貢献度です。

なお、平成26年度の農地集積により、担い手の利用面積(集積率)は48.7%から50.3%へ上昇しています。5割を超えたとはいえ目標の8割までは遠い道のりです。

平成27年度

借入・転貸買入・売渡(特例事業)
借入転貸買入売渡
76,191ha76,864ha7,776ha7,307ha
集積目標集積増加(全体)転貸での新規集積転貸以外での集積
149,210ha79,727ha26,715ha53,012ha
53.4%17.9%35.5%
データ:農林水産省

平成26年度の転貸面積23,896haから、平成27年度は76,864haと3倍強に増えました。機構の新規集積面積も7,349haから26,715haと3倍強になり、集積目標面積に対する機構の貢献度は17.9%です。この点は、一定の評価をすることができるでしょう。

ただし、全体の集積増加面積も79,727haと増えており、農地集積バンク以外で集積された農地は53,012haとほとんど減っていません。農地集積は農地集積バンクに置き換わったのではなく、農地集積バンクを積極的に利用する動きは鈍いのです。

農地集積バンク以外での集積が維持され、農地集積バンクでの集積が増加したため、平成27年度は集積目標面積149,210haの5割超えを達成しました。とはいえ、目標の5割超え水準が決して高い達成率だとは思えませんが…。

また、平成27年度の農地集積により、集積率は50.3%から52.3%へ上昇しました。はたして残り8年で80%まで上がるのでしょうか。

農地集積バンクがうまくいかない理由を考える

せっかく農地集積バンクを作り、巨額の国費投入をしているのに、既存の制度を利用した集積が大きく上回っているのは腑に落ちませんよね。

10年で集積率を80%まで引き上げる目標に対し、農地集積バンク以外を含めても2年で3.6%しか集積できておらず、しかも農地集積バンク以外で集積されているとなれば、他に予算を配分するべきだとする声が上がって当然の状況でしょう。

農地が集積されない理由には、農地を手放したくない、貸すよりも転用して売りたい、保有コスト(固定資産税)が他の土地よりも小さいなど、所有者側の都合で語られがちですが、本当にそれだけなのでしょうか?

農地集積バンクがパッとしない理由をもう少し考察してみます。

最初から無理な目標設定?

耕地面積が最も広い北海道では、農地集積バンクができる前から農地集積はかなり進んでおり、平成26年3月末で86.7%と非常に高い集積率でした。2年間農地集積バンクが稼働し、平成28年3月末での集積率は88.5%にもなります。

残っているのは、地形・土壌等から集積に適さない一部の農地で、北海道の集積率上昇は今後期待できません。つまり、目標の集積率80%とは、北海道を除いた地域全体が70%台後半まで集積しないと達成できないのです。

平成27年度の全国集積率52.3%は、北海道を除くと39.9%です。

【試算根拠】

①全国耕地面積:4,496,000ha
②全国集積面積:2,350,920ha
③北海道の耕地面積:1,147,000ha
④北海道の集積面積:1,014,658ha

から計算して、

⑤都府県の耕地面積:①-③=3,348,530ha
⑥都府県の集積面積:②-④=1,336,263ha
都府県の集積率=⑥÷⑤×100%=39.9%

仮に全国耕地面積・北海道の集積面積が維持される前提では、

集積率80%に必要な集積面積=①×80%=3,596,800ha
都府県に必要な集積面積=3,596,800ha-④=2,582,142ha
都府県に必要な集積率=2,582,142ha÷⑤×100%=77.1%

都府県の集積率39.9%を、8年で77.1%まで引き上げるのはとても無理でしょう。農地が広大で機械化しやすい北海道と異なり、都府県の狭い農地は分散化が激しいばかりか、中山間部を含む地域ではただでさえ集積しにくいからです。

であるなら、最初から集積率80%は無理な目標?なのかもしれません。

農地集積がなくても集積率は上がる

これまで説明してきた農地集積とは、分散化した農地を集め、一団の農地にして営農意欲の高い担い手へ利用させることでした。

しかしながら、担い手ではない農業者が担い手になることや、担い手として農業者が新規参入すること、つまり担い手が増えても数字上の集積率は上がります。

権利移動による農地の集積が難しい地域では、担い手の育成・参入が集積率のカギとなり、そこに注力することで集積率を上げていくのでしょう。

転貸の仕組みは受け手都合

農地の賃貸借には、農地法による許可と、農業経営基盤強化促進法による農用地利用集積計画の2つがあり、ほとんどが農用地利用集積計画で行われています。

その理由は、農用地利用集積計画を使うと、賃貸借契約に法定更新が適用されないので、貸しても返してもらえない農地所有者の不安を解消できるからです。

そして、農地集積バンクも農用地利用集積計画で機構が農地中間管理権を取得し、受け手に転貸するのですが、出し手はあくまでも機構に貸している建前なので、転貸で誰が借りるかわかりません。

農地所有者にとっては、誰に転貸されるかわからない機構に貸すよりも、農用地利用集積計画で地域の農業者に直接貸すほうが安心できます。

受け手の手間は省ける

転貸でメリットを受けるのは、出し手ではなく受け手です。個々の出し手と賃貸借契約を結ぶ必要がなく、機構がまとめて農地を貸してくれます。

農業に参入したくても、市町村の農業事情に詳しくない企業などは、いちいち市町村に問い合わせるよりも、受け手を公募している機構相手のほうが好都合です。

また、機構は全都道府県にあるので、受け手は広域で候補地を選択でき、地域の農業発展よりも経済的な合理性から借りる農地を選ぶことができるでしょう。

農地集積バンクは、元々が企業参入を進めるために作られましたから、このように受け手の利便性を考慮した設計となっています。

優良な農地は市町村で集積されやすい

機構の事業実施地域は農業振興地域と決まっています。農業振興地域は、長期的に農業利用すべき地域として指定されているので優良な農地が多いです。

すぐに耕作できる優良な農地は、わざわざ機構にマッチングしてもらわなくてもニーズは高く、地域内の担い手へ農用地利用集積計画で集めることができます。

後継者不足が深刻で、地域外に担い手を求めなければならない市町村を除くと、農地集積バンクを利用する理由は最初からそれほどないのでしょう。

こうして集められた農地面積が、農地集積バンクの新規集積面積を大きく上回ることは、実績が示しているとおりです。

したがって、農業振興地域でも基盤整備が必要で敬遠される農地や、地域内の担い手で受けきれない農地が機構に集まりやすくなります。

市町村でも農地集積の補助がある

農地を貸す側にとっても、”よそ者”よりも地域内の借り手に貸したいですから、誰が使うかわからない機構に貸す動機としては協力金(後述)の存在でしょうか。

しかし、市町村でも補助金・奨励金などの名目で、貸し手・借り手に補助をしているので、機構の協力金だけで農地集積バンクに流れるとは限りません。

それを知っているからこそ、固定資産税の減税(後述)を加えて、農地集積バンクに誘導しているのですが、うまく農地所有者の心理に応えられていないのでしょう。

農地所有者から見た農地集積バンク

最後になりますが、農業を続けられない・できない農地所有者に向けて、農地集積バンクの利用条件や協力金・固定資産税の話をしておきます。

出し手となる農地所有者においては、農地集積バンクのメリット・デメリットを検討して、所有農地をどうするべきか判断することになるでしょう。

農地集積バンクは主に市町村(他には農協や市町村公社など)へ業務委託されているので、まずは役所に聞いてみることから始まります。

ただし、実績を見ると農地は農地集積バンク以外で集積されているのが現状で、農地集積バンク以外の活用方法も踏まえ役所に相談するべきです。

農地集積バンクを利用できる条件

農地集積バンクを利用するためには、次のような条件があります。

農業振興地域内の農地
機構の事業実施地域は農業振興地域なので、農地集積バンクを利用できるのも農業振興地域です。市街化区域や市街化調整区域の農業振興地域外は対象外です。

農業利用可能な農地
現在耕作されている農地は問題ありませんが、遊休農地(耕作放棄地)の場合には、機構の借受けに条件が付きます。

荒廃が進み再生不能と判断された遊休農地は、既に農業利用ができない農地なので、受け手へ貸し付けることができず機構は借り受けません。

ちなみに、農業委員会が毎年1回、農地の利用状況調査(農地パトロールとも呼ばれます)で、遊休農地の再生可否を判定しています。

受け手が見込まれる
最終的には受け手に貸し付ける事業である以上、公募の状況から著しく受け手が見込まれない農地は、機構の借受け対象になりません。

原則として10年以上の貸付け
受け手の経営安定のために、できるだけ長期間の貸付け(機構の借受け)が望ましく、原則10年以上とされています(協力金の交付も10年以上の貸付けが条件)。

ただし、10年以上の貸付けがデメリットになり、利用が促進されないことを懸念して、貸付期間を5年から認める運用もされるようになりました。

農地が共有名義のときは?

農地が共有名義のときは、共有者全員の同意によって、農地集積バンクに貸すのが理想です。しかしながら、共有者が多いと合意形成も難しいですし、共有者と連絡が取れないなど全員の意思を一致させるのは難しいでしょう。

農地集積バンクへ貸すときには、権利移動が農用地利用集積計画の公告で行われますが、農用地利用集積計画には、共有名義のときに持分の過半を超える同意があれば足りるとした規定があります(農業経営基盤強化促進法第18条第3項第4号ただし書き)。

したがって、自分の持分や他の共有者との合計持分が1/2を超える場合は、反対を押し切って農地集積バンクへ貸すことも理論上可能です(トラブル必至ですが…)。

農地集積バンクの協力金

前述のとおり、農地集積バンクには国庫を財政基盤として莫大な予算が計上され、この点だけでも力の入った政策であることが伺えます。

そして、農地集積バンクには協力金の交付制度(機構集積協力金交付事業)があり、農地所有者にとって大きなインセンティブになるでしょう。

機構集積協力金には、地域集積協力金、経営転換協力金、耕作者集積協力金と3種類あるのですが、地域集積協力金は集落等の地域に交付されるので省略します。

個人に交付されるのは経営転換協力金と耕作者集積協力金で、交付要件と交付単価は、全国一律だったものが平成28年度から都道府県で決められています。

したがって、以下の表はスタンダードな交付要件・交付単価です。

経営転換協力金
交付対象者(1)農業部門の減少で経営転換する農業者
(2)リタイアする農業者
(3)農地の相続人で農業を行わない者
※農業部門の減少とは、2部門以上(例えば米と露地野菜など)を経営する農業者が、1部門以上(例えば米)を廃止することです。
交付要件(1)の場合
以下を除く自作地を機構へ10年以上貸し付け、機構から受け手に一筆でも転貸されること。
  • 農業振興地域外の自作地
  • 農業振興地域内で10a以内の自作地
  • 機構が借り受けなかった自作地または機構に貸し付けて返還された農地
  • 減少した農業部門(例えば米)以外の作物を栽培する自作地
(2)(3)の場合
以下を除く自作地を機構へ10年以上貸し付け(共有農地は5年を2回)、機構から受け手に一筆でも転貸されること。
  • 農業振興地域外の自作地
  • 農業振興地域内で10a以内の自作地
  • 機構が借り受けなかった自作地または機構に貸し付けて返還された農地
※他に利用権がある農地や特定農作業受託している農地がある場合は、それらの解除が必要です。
交付対象外※自分が機構に貸し付けた農地を自分で借り受けた場合は対象外です。
※遊休農地の所有者は対象外です。ただし、農業委員会の利用意向調査で遊休農地を機構へ貸し付ける意思を表明している場合は除きます。
※過去(同年度を含む)に経営転換協力金の交付を受けていると対象外です。
※同一年度に耕作者集積協力金の交付を受けていると対象外です。
禁止事項(1)の場合
廃止した農業部門を経営するための農地所有権・利用権の取得および特定農作業受託
(2)(3)の場合
農業を経営するための農地所有権・利用権の取得および特定農作業受託
交付単価
  • 0.5ha以下:30万円/戸
  • 0.5ha超2.0ha以下:50万円/戸
  • 2.0ha超:70万円/戸
※都道府県では上記を上限額とした範囲内で10aごとの単価を定めています。
耕作者集積協力金
交付対象農地(1)以下の農地
  • 機構に権利(所有権または中間管理権)がある農地に隣接する農地
  • 受け手の農地に隣接する農地
(2)以下のいずれかで一連の農作業に支障がない農地
  • 畦畔で接続する2筆以上の農地
  • 農道・水路を挟んで隣接する2筆以上の農地
  • 一隅で接続する2筆以上の農地
  • 段状に接続する2筆以上の農地
  • 受け手の宅地に接続している2筆以上の農地
交付対象者機構に貸し付けた交付対象農地を自作地とする農業者または利用権を持つ者(借主)
※借主の場合は合意解約される賃借権又は使用貸借権が設定後1年以上経過かつ満了の1年以上前であることが必要です。
交付要件交付対象農地の所有者が機構に10年以上(共有農地は5年を2回)貸し付け、機構から受け手に転貸されること。
交付対象外※自分が機構に貸し付けた交付対象農地を自分で借り受けた場合は対象外です。
※交付対象農地が機構へ貸し付けられる前に利用権を持っていた者が機構から借り受けても対象外です。
※経営転換協力金の交付を受けていると対象外です。
交付単価
  • 平成28年度および平成29年度:1.0万円/10a
  • 平成30年度:0.5万円/10a
※都道府県では上記を上限額とした範囲内で10aごとの単価を定めています。

農地集積バンクの固定資産税減税

平成28年度・29年度の時限措置(平成31年度まで延長されました)ですが、所有する全農地(10アール未満の自作地を除く)を農地集積バンクへ貸すと、10年以上の貸付けなら3年間1/2に減税、15年以上の貸付けなら5年間1/2に減税する措置があります。

農地集積バンクへ貸しても、固定資産税の納税義務者は農地の所有者で変わりませんが、広い農地を持っていると1/2の減税は大きいでしょう。

特に、耕作の予定がない遊休農地は、農業委員会から勧告されると固定資産税が約1.8倍に増税されてしまうので、減税措置があるうちに貸してしまいたいところです。

遊休農地(耕作放棄地)の固定資産税が1.8倍に増税?の仕組み
平成28年度税制改正大綱(平成27年12月24日閣議決定)において、遊休農地(耕作放棄地)への課税強化が平成29年度から実施されることになりました。 農地を保有しながら、担い手不足で耕作できない農家にとって、収入を伴わずに増税されるのですか...

所有者不明の遊休農地への対応

農業振興地域内に再生可能かつ所有者不明の遊休農地がある場合、そのまま放置しては集積が停滞してしまうので、一定の手続を踏むことによって、所有者不明のまま機構が利用権を取得できるようになっています(農地法第43条)。

もっとも、所有者不明のままで機構が利用権を取得した事例があるかどうか定かではなく、もしあるとしても極めて少数だと思われます。

よって説明不要かもしれませんが、相続登記をしていないだけで、実は農地を相続している人のために、利用権の設定が行われる流れを説明しておきます。

ちなみに、農地を相続時に農業委員会への届出を義務付けた(農地法第3条の3)のは、所有者不明の農地が拡大するのを防ぐ目的です。義務ですから届出を怠ると10万円の過料制裁がある(農地法第69条)ので注意しましょう。

1.農業委員会の対応

農業委員会は毎年1回(必要ならいつでも)、区域内にある農地の利用の状況についての調査(利用状況調査)をします(農地法第30条)。

利用状況調査によって遊休農地であることを把握し、所有者等に農業上の利用の意向についての調査(利用意向調査)をするのですが(農地法第32条第1項)、所有者不明ですから当然に利用意向調査をするべき相手がいませんよね。

このとき、所有者不明の旨などが6ヶ月間公示されます(農地法第32条第3項)。

6ヶ月の公示期間を過ぎても所有者等から申出がないときは、機構に対して通知することになっています(農地法第43条第1項)。

2.農地中間管理機構の対応

農業委員会から通知を受けた機構は、4ヶ月以内に都道府県知事へ利用権設定の裁定を申請することができます(農地法第43条第1項)。

3.都道府県知事の対応

都道府県知事が裁定の申請を受けると、公告した上で遊休農地の所有者等に通知するのですが(農地法第38条第1項)、ここでも所有者不明のため通知できません。

ですから、公告後は一定期間経過(法律上は2週間以上ですが運用上は少なくとも1ヶ月以上の期間になると考えられます)で裁定されます。

4.利用権の取得

都道府県知事が裁定すると、機構へ通知すると共に公告します。この公告によって機構は利用権を取得します(農地法第43条第3項)。

このようにして、所有者不明のまま機構は利用権を取得するのですが、所有者が機構に貸し付けた農地ではないので、借賃に相当する補償金が利用権の始期までに供託されます(農地法第43条第5項)。

したがって、機構が利用権を取得してから所有者が申し出た場合でも、供託された補償金を受け取ることはできますが利用権に対抗できません。

まとめ

食糧生産という基幹産業を担いながら所得の低い農家を保護すると共に、票田となる小規模農家を抱え込んでどのように選挙を勝つか。良くも悪くもこれまでの農業政策は、この点から逃れられなかったように思えます。

以前の民主党(平成28年現在の民進党)が躍進する大きなきっかけとなった農業者戸別所得補償制度は、小規模農家からの得票に繋がった典型例だと言われます。

しかし、農業にも国際競争力を必要とされる厳しい現実の中では、「農家個人の所得」を上げる視点よりも「農業全体の所得」を上げていく視点が重要でしょう。

これまでうまくいかなかった農地集積が、農地集積バンクでうまくいくとは限りませんが、選挙目的で小規模農家の所得を守るよりはマトモだと感じます。

一方で、農業への企業参入促進は、経済界への迎合という側面も否めません。とはいえ、農地集積で日本の農業が強くなり食料価格が低下すれば、農業界(特に農協)はともかく、一般消費者なら納得しやすいのではないでしょうか。

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