共有不動産の使い道がない場合、固定資産税を負担したくない場合など、共有関係を解消するために自己の持分を放棄することがあります。
持分放棄は、他の共有者の同意がなくてもできますし、放棄するかどうかは自分の都合なので、深く考えることも少ないでしょう。
ところが、持分放棄には大きな落とし穴があって、それは贈与税です。
そもそも持分放棄って何? という場合はこちらを参考にしてください。
共有持分の放棄は贈与税の対象
共有持分を放棄すると、持分放棄者の持分は他の共有者に帰属しますが(民法第255条)、この場合、持分放棄者から他の共有者に持分が移転するのではなく、他の共有者が持分を原始取得すると解されています。
他の共有者が原始取得されると解されていても、登記上では、持分放棄を原因とした持分移転登記で処理されます。
しかしながら、持分放棄によって、他の共有者は無償で利益を受けていますから、贈与とみなされて贈与税の課税対象です。
持分を取得した他の共有者に贈与税が課せられるのは、別に不思議ではありませんね。
贈与税は贈与者にも連帯納付義務がある
相続税法は、贈与者に連帯納付の責めに任ずると定めています。
相続税法 第34条第4項
財産を贈与した者は、当該贈与により財産を取得した者の当該財産を取得した年分の贈与税額に当該財産の価額が当該贈与税の課税価格に算入された財産の価額のうちに占める割合を乗じて算出した金額として政令で定める金額に相当する贈与税について、当該財産の価額に相当する金額を限度として、連帯納付の責めに任ずる。
e-Gov 相続税法
注:「責めに任ずる」ですので、連帯納付義務というよりも連帯納付責任と呼ぶべきですが、本記事では連帯納付義務としています。
この規定により、受贈者に贈与税の納税義務が発生すれば、贈与者にも法律上当然に連帯納付義務が発生しますので、自分が贈与する側だからといって安心はできないのです。
相続税にも同じく連帯納付義務は規定されていますが、相続税の場合には相続した財産から納付できる建前なのに対し、贈与税では財産を与えた(不利益があった)側に連帯納付義務がある点で、とても理不尽な規定となっています。
もっとも、贈与においては、贈与対象に加えて贈与税分も一緒に贈与することが、それほど珍しいことだとは言えません。
例えば、子や孫への贈与で、贈与税を負担させるのがかわいそうだからと、親や祖父母が贈与税分も一緒に贈与することはあるでしょう。
持分放棄によるみなし贈与と贈与はワケが違う
贈与の場合、贈与者と受贈者による一種の契約行為ですから、受贈者は贈与による利益を受けるのは事前にわかっており、贈与税を負担することに(金額は別として)抵抗はありません。
ところが、持分放棄の場合には、持分放棄者の一方的な意思によって放棄されますから、他の共有者(以下、持分取得者とします)にとって、必ずしも喜ばしい結果になるとは限りません。
つまり、誰かに放棄されてしまうような共有持分は、持分取得者にとっても不要な可能性があるということです。
しかも、持分放棄による持分の取得は、持分取得者の意思によらず強制的に発生します。
この点は、持分放棄を望まない持分取得者に、贈与税への抵抗感を生み出すでしょう。
放棄された持分の取得者が贈与税を納付しない場合
前述のとおり、贈与税には受贈者に連帯納付義務がありますので、本来の納税義務者である持分取得者が贈与税を納付しなければ、持分放棄者が納付することになります。
持分を放棄したことで、共有関係から解放されて気楽にしていると、思いがけず贈与税の納付通知が届くこともあり得ます。
贈与税の課税原因が、自分の都合による持分放棄だとはいえ、贈与税を自分が支払うのはさすがに違わない? と思いますよね。
もうこの時点で、持分取得者と贈与税でのトラブルが起こりそうです。
仕方なく贈与税を肩代わりすると更に問題が…
持分を放棄したことで、持分取得者に持分を押し付ける結果となり、そこに引け目を感じるなら、贈与税を負担してあげるのもアリでしょう。
しかし、良く考えてみてください。
本来は、持分取得者が納付すべき贈与税を、持分放棄者が負担すると、その負担も持分取得者への利益供与になって贈与とみなされるかもしれません。
持分放棄者が立て替えた贈与税は、持分取得者に求償する(戻してもらう)のが筋ですが、持分放棄の経緯から、やむを得ず肩代わりした事情では、持分取得者への求償は難しそうです。
そうすると、持分取得者の債務が免除されることになりますので、
- 持分放棄で持分がなくなったのに
- 自分で贈与税を肩代わりして
- 肩代わりしたことでさらに贈与税が発生する
なんてことも無いとは言えないのです。
持分放棄者が立て替え納付した贈与税への課税要件
連帯納付義務者の持分放棄者から贈与税の納付があった場合、本来の納税義務者である持分取得者が資力を喪失して贈与税の納付が困難な状態なら、肩代わりしても贈与とみなされません(相続税法第8条、相続税法基本通達34-3)。
また、持分取得者が資力を喪失していなくても、持分放棄者が立て替えた贈与税をきちんと求償していれば(求償権を放棄しなければ)、持分取得者の債務は免除されていないので、やはり贈与とみなされません(相続税法基本通達8-3)。
したがって、持分放棄者が贈与税を立て替え納付するときは、
- 持分取得者に贈与税を納付する資力がなければ肩代わりしても大丈夫
- 持分取得者に贈与税を納付する資力があれば立て替えて請求する
このように覚えておきましょう。
本当に持分放棄しかできないのか考えるべき
さて、ここまで持分放棄と贈与税の関係を説明してきましたが、そもそも持分放棄しか方法がないのか? という点は良く考えたいところです。
なぜなら、持分放棄しても、実際には登記するために他の共有者へ通知して、共同申請により登記しなければならないだけではなく、税率の高い贈与税でトラブルを起こすようでは、元も子もないですよね。
つまり、他の共有者が欲しがるような持分は、買い取ってもらえば済むわけですし、他の共有者が欲しがらない持分は、持分放棄が「ありがた迷惑」になってしまいます。
共有名義の不動産では、その多くが近親者による共有ですから、迷惑をかけた上に金銭トラブルになると、関係悪化は避けられないでしょう。
共有解消の方法と持分放棄との比較
共有解消には次のような方法があります。
同意の必要性 | 主な税金 | 得られる対価 | |
---|---|---|---|
不動産全体を売却 | 共有者全員の同意が必要 | 譲渡所得税 | 売却代金 |
共有者間で持分を売買 | 当事者の同意が必要 | 譲渡所得税 | 売却代金 |
共有者間で持分を贈与 | 当事者の同意が必要 | 贈与税(受贈者) | なし |
第三者に持分を売却 | 他の共有者の同意不要 | 譲渡所得税 | 売却代金 |
持分を放棄 | 他の共有者の同意不要 | 贈与税(受贈者) | なし |
どの方法においても持分移転登記をしますので、判断材料は他の共有者への同意、税金、得られる対価の3点です。
他の共有者の同意での比較
同意の必要性 | 主な税金 | 得られる対価 | |
---|---|---|---|
第三者に持分を売却 | 他の共有者の同意不要 | 譲渡所得税 | 売却代金 |
持分を放棄 | 他の共有者の同意不要 | 贈与税(受贈者) | なし |
持分放棄と同じく、他の共有者の同意が不要なのは持分売却です。
売却代金を得られる持分売却に対し、持分放棄では対価を得られないどころか、説明してきたように贈与税を負担しなくてはならないマイナスの可能性すらあります。
したがって、持分放棄と持分売却の比較では、持分売却の優位性は揺るぎません。
どのくらいで持分を売却できるのか知りたいなら、共有持分の査定・買取をしている業者を使えば簡単にわかるでしょう。共有持分は少し特殊なので、取り扱う不動産会社は多くないです。
税金と得られる対価での比較
同意の必要性 | 主な税金 | 得られる対価 | |
---|---|---|---|
共有者間で持分を贈与 | 当事者の同意が必要 | 贈与税(受贈者) | なし |
持分を放棄 | 他の共有者の同意不要 | 贈与税(受贈者) | なし |
持分放棄と税金・対価で同じなのは、共有者間の贈与です。
ただし、持分放棄では、他の共有者全員が持分割合に応じて放棄された持分を取得しますが、共有者間の贈与では、当事者となった共有者が贈与された持分を全て取得します。
ということは、持分放棄では他の共有者全員が基礎控除110万円を使えるのに対し、共有者間の贈与では当事者となった共有者しか基礎控除を使えませんので、持分放棄よりも贈与税が高くなる可能性があります。
もっとも、他の共有者が一人なら、持分放棄でも共有者間の贈与でも同じです。
まとめ
- 持分放棄した人には贈与税の連帯納付義務がある
- 自分で贈与税を負担しなければならない可能性がある
- 他の共有者が欲しがらない持分の放棄は「ありがた迷惑」
- 持分放棄よりは現金を得られる持分売却のほうが明らかに得
- 他の共有者への贈与が可能なら持分放棄するまでもない
持分放棄は、放棄したことを自覚しているだけでは、実質的な効果が何も生まれません(誰も放棄されたことを知らないので)。
他の共有者と協力して登記しなければならないことを考えると、共有から抜けたい・固定資産税を負担したくないといった理由の持分放棄は、わざわざ放棄しなくても、持分売却や他の共有者への贈与で実現できます。
唯一、持分放棄で対応するケースがあるとすれば、共有持分が農地の場合でしょうか。
農地では、売買や贈与による権利移転に、農業委員会(市区町村に設置されている)の許可が必要です。単独行為の持分放棄は、農業委員会の許可なしに登記できます。