権利に関する登記は、登記権利者及び登記義務者の共同申請を原則としますが、必ずしも登記義務者が協力的とは限りません。
登記義務者の協力を得られないと、実体上は権利を得ている登記権利者が、登記できないことで第三者に権利を主張できないので不都合が生じます。
そこで、登記義務者へ登記手続を命じる確定判決、または確定判決に準ずる効力がある債務名義(以下、確定判決等)を得て、登記権利者の単独申請により登記するのが手順です。
ところが、登記義務者へ登記手続をさせる旨に条件が付いているときは、確定判決等でも登記申請が受理されず、執行文を付与してもらわなければならない場合があります。
登記申請と登記義務者の意思表示
本来、権利に関する登記が共同申請となっているのは、実体上の権利変動との合致を登記官が判断できない(登記官には真実を調査する権限もない)からです。
真実の権利変動に合致していると推定できるからこそ、登記により第三者対抗力が生まれるのであって、一方の当事者が自由に登記申請できてしまうと登記を信用できなくなりますよね。
ですから、登記で利益を得る登記権利者と、不利益を受ける登記義務者の双方において、権利変動を登記する意思が確認できる共同申請により、登記の権利推定力は担保されています。
登記された内容は真実だと推定されますが、真実を保証するものではないことに注意してください。
真実ではない登記がされてしまう場合はもちろん、仮に全ての登記申請が真実によるものでも、当事者の申請を経由する以上、権利変動と登記記録が合致するまでにはタイムラグがあります。
しかし、登記義務者が登記申請に協力しないときは、登記義務者の意思表示がないため登記申請できず、代わりに登記義務者へ登記手続を命じる確定判決等を得なくてはなりません。
民事執行法第177条第1項本文の規定により、確定判決等で登記義務者の意思表示が擬制されます(登記義務者が意思表示したとみなされます)。
つまり、登記権利者の意思表示と、擬制された登記義務者の意思表示が揃うことで、共同申請と同様に、登記権利者による単独申請での登記が許されるのです。
確定判決等と意思表示擬制のタイミング
前述のとおり、登記権利者の単独申請は、登記義務者の意思表示擬制を前提としているわけですが、確定判決等でただちに意思表示が擬制されるわけではありません。
例えば、「AはBに対し、売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ」という判決なら、判決の確定時にAの意思表示が擬制され、Bは単独で登記申請できます。
一方で、「BがAに金500万円を支払うのと引換えに、AはBに対し、売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ」という判決の場合は、判決が確定しても、BがAに500万円支払わなければAに登記手続の義務は生じませんよね。
このように、条件付き(あらゆる条件ではありません)の場合は、条件が満たされたときではなく、執行文が付与されたときに登記義務者の意思表示が擬制されます(民事執行法第177条第1項ただし書き)。
民事執行法 第百七十七条第一項
意思表示をすべきことを債務者に命ずる判決その他の裁判が確定し、又は和解、認諾、調停若しくは労働審判に係る債務名義が成立したときは、債務者は、その確定又は成立の時に意思表示をしたものとみなす。ただし、債務者の意思表示が、債権者の証明すべき事実の到来に係るときは第二十七条第一項の規定により執行文が付与された時に、反対給付との引換え又は債務の履行その他の債務者の証明すべき事実のないことに係るときは次項又は第三項の規定により執行文が付与された時に意思表示をしたものとみなす。
執行文付与が必要になるケース
民事執行法第177条第1項ただし書きでは、次の3つのケースを規定しています。
①債権者の証明すべき事実の到来に係るとき
ある事実の到来によって、登記義務者に登記手続をさせる条件が満たされたとき、登記権利者が事実の到来を証明しなければなりません。
証明すべき事実の到来にはいくつかパターンがあり、そのひとつは到来することが確実でもいつになるかわからない事実です(不確定期限といいます)。例えば、誰かの死亡を条件としている場合、死亡した事実を登記権利者が証明します。
また、到来することが定かではない事実を条件としている場合もあります(停止条件といいます)。
例えば、農地法上の許可を条件にしている場合、許可を得られるかどうか定かではないですが、許可が得られたときには登記権利者が証明します。
なお、「証明すべき」事実の到来ですから、証明しなくても事実の到来が明らかな場合は除かれます。例えば、決められた日付の到来は、その日付になったことを証明するまでもありません。
民事執行法 第二十七条第一項
請求が債権者の証明すべき事実の到来に係る場合においては、執行文は、債権者がその事実の到来したことを証する文書を提出したときに限り、付与することができる。
②反対給付との引換えに係るとき
反対給付とは、登記義務者へ登記手続をさせる条件に、登記権利者から登記義務者への給付が定められていることです。
前述の「BがAに金500万円を支払うのと引換えに、AはBに対し、売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ」というのが、反対給付の例になります。
反対給付があったことをB(登記権利者)が証明します。
民事執行法 第百七十七条第二項
2 債務者の意思表示が反対給付との引換えに係る場合においては、執行文は、債権者が反対給付又はその提供のあつたことを証する文書を提出したときに限り、付与することができる。
③債務者の証明すべき事実のないことに係るとき
少しわかりにくいので例示すると、「AがBに対し、〇年〇月〇日までに金500万円を支払わないときは、AはBに対し、代物弁済を原因とする所有権移転登記手続をせよ」という判決だとします。
Aは、Bに500万円支払えば登記手続する義務はありませんが、定められた〇年〇月〇日までに支払わないと登記手続の義務が生じます。
このような場合、B(登記権利者)は何も証明を要しません。
逆に、A(登記義務者)が〇年〇月〇日までに支払ったことを証明すべきところ、支払っていなければ当然に証明できない(証明すべき事実がない)ので、一定期間に証明ができないことをもって執行文が付与されます。
民事執行法 第百七十七条第三項
3 債務者の意思表示が債務者の証明すべき事実のないことに係る場合において、執行文の付与の申立てがあつたときは、裁判所書記官は、債務者に対し一定の期間を定めてその事実を証明する文書を提出すべき旨を催告し、債務者がその期間内にその文書を提出しないときに限り、執行文を付与することができる。
登記の単独申請との関係
登記義務者へ登記手続をさせる旨の確定判決等があっても、何らかの条件が付いている場合に、その条件が満たされる必要があるのは当然ですが、執行文付与で意思表示が擬制される点には要注意です。
執行文の付与が必要な条件が付いているときは、執行文の付与なしに登記権利者からの登記申請は受理されません。たとえ、登記申請時に条件が満たされたことを証明しても同様です。
なぜなら、確定判決等に執行文が付与されるまで、登記義務者の意思表示は擬制されていないからです。登記権利者と登記義務者の意思表示が揃っていないのです。
したがって、前提となる条件が満たされる ⇒ 執行文付与を申し立てる ⇒ 登記権利者が登記を単独申請する順番でなければなりません。
ちなみに、登記義務者へ登記手続をさせる旨の確定判決等によって、登記義務者が自ら単独で登記申請できるかというと受理されないです。執行文付与で意思表示が擬制されるのは登記義務者ですから、登記義務者の単独申請では登記権利者の意思表示が不足しています。
執行文付与の申立て
執行文の付与は、事件記録のある裁判所に申し立てます。
事件記録は、「特別の定めがある場合のほか、当該事件の第一審裁判所で保存する」ことになっていますので(事件記録等保存規程第3条第1項)、基本的には第一審裁判所(家事事件では家庭裁判所)に申し立てると考えて差し支えありません。
【執行文付与の申立てに必要な書類等】
- 執行文付与申立書(裁判所HPからダウンロードなどで入手)
- 確定判決等の正本
- 確定証明書(判決、審判による場合)
- 登記義務者に登記手続させる条件が満たされたことの証明書
- 収入印紙300円
- 予納郵便切手(裁判所によって異なる)
執行文は、裁判所書記官により付与されます。
具体的には、「債権者は、債務者に対し、この債務名義により強制執行することができる」などの記載、付与の年月日、裁判所書記官が記名押印した書面を、確定判決等の正本にステープラー(ホチキス)で綴じるだけです。