平成28年度税制改正大綱(平成27年12月24日閣議決定)において、遊休農地(耕作放棄地)への課税強化が平成29年度から実施されることになりました。
農地を保有しながら、担い手不足で耕作できない農家にとって、収入を伴わずに増税されるのですから、いくら農地の固定資産税が安くても、広大な農地を持て余している人には痛手となるでしょう。
元々の考えは、耕作をするためにある農地が、耕作に利用されていないのだから、農地として評価・課税することが不適切だとするところにあります。
政策的な面では、安倍政権によって推し進められてきた農地の集積化が、これまでの政策と同様に成果が上がらず批判されている現状にも関係してきます。
どの遊休農地が増税の対象になるのか、どうやって遊休農地を増税するのか。本記事ではその点を重点的に解説していきたいと思います。
税制改正大綱の内容と増税の条件
平成28年度税制改正大綱では、一見して増税のように思えないかもしれませんが、確実に増税へと繋がる文言が入っています。
農地法に基づく農業委員会による農地中間管理機構の農地中間管理権の取得に関する協議の勧告を受けた遊休農地について、固定資産税における農地の評価において農地売買の特殊性を考慮し正常売買価格に乗じられている割合(平成27年度の評価替えにおいて0.55)を乗じないこととする等の評価方法の変更を平成29年度から実施するため、所要の措置を講ずる。
平成28年度税制改正大綱
この文を読んだだけで理解できる人は少なく、3つに分解してみましょう。
- 増税の対象
- 農地法に基づく農業委員会による農地中間管理機構の農地中間管理権の取得に関する協議の勧告を受けた遊休農地について、
- 増税の方法
- 固定資産税における農地の評価において農地売買の特殊性を考慮し正常売買価格に乗じられている割合(平成27年度の評価替えにおいて0.55)を乗じないこととする等の評価方法の変更を
- 増税の時期
- 平成29年度から実施するため、所要の措置を講ずる。
以降、それぞれを解説していきます。
増税の対象
「農地法に基づく農業委員会による農地中間管理機構の農地中間管理権の取得に関する協議の勧告を受けた遊休農地」ですが、農地中間管理機構とは、いわゆる農地集積バンクを運営している公社等のことです。
農地中間管理権の取得に関する協議の勧告とは、遊休農地について農地集積バンクへ貸すことの協議を、農業委員会から勧告されることを意味します。
この勧告は、いきなりされるのではなく、次のような流れで行われます。
1.農業委員会の利用状況調査
農業委員会は年に1回(必要ならいつでも)、農地の利用状況を調査しなければならないと規定されています(農地法第30条)。
利用状況調査(農地パトロールとも呼ばれる)の目的には、遊休農地の把握が含まれており、遊休農地は次のように定義されます。
- 過去1年以上作付けが行われず、今後も維持管理や栽培が行われる見込みもない
- 栽培は行われているが、周辺に比べて著しく程度が劣っている
- 現在または1年以内に遊休化するおそれがある
遊休農地に判定されると、再生可能農地と再生困難農地に分類され、再生可能農地だけが所有者への利用意向調査の対象になります。
2.所有者への利用意向調査
再生可能な遊休農地では、所有者に対して農地を今後どのようにしていくつもりなのか意向を調査します(農地法第32条)。
所有者は何らかの意思表明を行わなくてはならず、例えば、耕作する予定、売買や賃借する予定などあるでしょう。その中の選択肢として、農業振興地域内であれば、農地集積バンクへ貸す意思表明もできます。
農業振興地域内に限られているのは、そもそも農地集積バンクの事業実施地域が農業振興地域だからです(農地中間管理事業の推進に関する法律第2条第3項)。
3.農業委員会から協議の勧告がされると勧告遊休農地
利用意向調査は、再生可能な遊休農地が適切に利用されていくことを所有者に確認するものですが、利用意向調査で表明した意思を、所有者が行動に起こさず遊休農地が解消されないことも想定されます。
利用意向調査から6か月を経過しても、表明された意思に基づく行動がされていない、または意思の表明がない、その他農地利用されないことが確実であるときは、農地集積バンクへ貸すことの協議を所有者へ勧告します(農地法第36条)。
この勧告をもって、固定資産税を増税するのが今回の改正で、ここまでをまとめると、増税の対象になる農地(勧告遊休農地といいます)は次のとおりです。
増税の対象になる農地(勧告遊休農地)
- 農業振興地域内である(農地集積バンクの事業実施地域)
- 遊休農地または遊休化のおそれがある農地である
- 利用状況調査で再生可能と判断された
- 利用意向調査で農地集積バンクへの貸付けを表明していない
- 利用意向調査から6か月を経過しても改善されない
- 農業委員会から農地集積バンクへ貸すことの協議を勧告された
対象が農業振興地域内であることから、確実に市街化区域内は除外され、容易に農地利用ができないほど荒廃した再生困難な農地も対象外です。
再生困難な農地が外されるのは、農地集積バンクの利用対象にならないからですが、そうすると、長期間耕作放棄されて荒廃した農地が有利のように思えます。
しかしながら、そのような長期間耕作放棄されて荒廃した農地は、農業委員会から非農地判定を受けているか、固定資産税の現況課税主義から、原野・山林・雑種地等で課税されるので、税制上で有利とはなりません。
増税の方法
「固定資産税における農地の評価において農地売買の特殊性を考慮し正常売買価格に乗じられている割合(平成27年度の評価替えにおいて0.55)を乗じないこととする等の評価方法の変更」が、今回の改正を理解困難にしているところです。
勧告遊休農地の増税を理解するには、農地がどのように評価・課税されているのか理解しなくてはならないのですが、簡単に説明すると次のようになっています。
- 標準田または標準畑(以降、標準田畑)を選定する
- 正常な売買実例価格を基に標準田畑の正常売買価格を求め0.55を乗じる
- 標準田畑に比準して評価対象農地の評価額を求める
- 評価対象農地の評価額に税率を乗じて固定資産税額を求める
該当するのは2で、正常な売買実例価格とは、農地利用を前提にした売買価格をいいます。宅地見込み要素などの理由で、本来あるべき売買価格と大きく乖離する事情がある場合、農地売買として正常な水準に修正した売買実例価格のことです。
この点は、農地の正当な評価をする上で不可欠ですし、理解しやすいのではないでしょうか。しかし、0.55を乗じる(つまり55%評価になる)点が理解されにくく、勧告遊休農地は0.55を乗じないとするのがポイントです。
本来は0.55を乗じるのに対し、勧告遊休農地は乗じないのですから、55%評価から100%評価になって、評価額は100%÷55%≒1.8倍、税額も約1.8倍となります。
これが、遊休農地の固定資産税を約1.8倍に増税するという核心部分です。
固定資産評価基準では、0.55を乗じて求めるのは標準田畑の価格であることから、0.55を乗じないことにしてしまうと、標準田畑の価格が変わってしまいます。
0.55を乗じないのは、勧告遊休農地であって標準田畑ではないので、逆に勧告遊休農地の評価額を0.55で割り戻して、100%評価とすることになりました(固定資産評価基準第1章第2節の3)。
また、土地の評価替えは3年に1度であることから、評価替え年度以外で勧告遊休農地になると、次の評価替え年度まで増税されないように思えますがそうではありません。
評価替え年度の翌年度、翌々年度のいずれであっても、勧告遊休農地となった翌年度から増税になります(地方税法附則第17条の3)。
なお、増税の手法としては、遊休農地に税制上の優遇があれば、優遇をなくすことで容易に可能です。しかし、今回の増税対象となる農業振興地域内の農地(一般農地)に優遇はなく、他の手段として税率を上げる検討もされていたようです。
固定資産税の担当は総務省で、農林水産省は2年かけて調整をしてきましたが、土地の評価では差があっても、税率で差を設けることが手法としてどうなのかという議論で決着が付かず、最終的に評価額を上げる増税になりました。
なぜ0.55を乗じるのか
標準田畑の正常売買価格に乗じる0.55は、限界収益修正率(または限界収益補正率)と呼ばれます。55%評価は農地の特殊性を反映したもので、軽減・特例・優遇といった表現もされるように、農地だけ55%評価であることを不満に思うでしょうか。
農地は広いほうが生産性は高く、資本投入の効果も高まる性質を持ち、農地を買う農家は、農地拡大による経営効率の向上を享受します。
よって、現実の売買価格は、売買対象農地から得られる単純な収益増加がベースではなく、経営効率向上での収益増加が上積みされていると考えられます。
【通常の土地】
売買価格=土地から得られる収益ベース
【農地】
売買価格=農地から得られる収益+買い手の経営効率向上による収益ベース
※上積みされているので売買価格では正しい評価にならない
そこで0.55を乗じて、上積みされた売買価格を修正するのですが、0.55の根拠は、面積差10アールにおける経営差を数値化したもので、10アールが採用されているのは、農地売買が主に10アール程度の規模で行われるからです(北海道を除く)。
これらを踏まえると、正常売買価格に0.55を乗じる扱いは、農地の持つ特殊性を考慮して、正当な評価額を得るための修正プロセスであり、農地だけに許された軽減・特例・優遇ではないように思えます。
農地の評価方法については別記事を用意しているので、もし詳しく知りたいときは以下を参考にしてください。

増税の時期
平成29年度から実施となっていても、固定資産税の賦課期日(税を課す基準日)は毎年1月1日であること、つまり年度が開始する前であることに注意が必要です。
平成29年度は平成29年4月1日からなので、平成29年4月1日以降に農業委員会から勧告され、翌年から増税のように思えますが違います。
平成29年1月1日までに農業委員会から勧告されている、即ち平成28年中に勧告されていると、平成29年度の固定資産税は増税です。
固定資産税納税通知書が届くのは毎年5月頃(自治体で異なる)ですが、課税は1月1日基準なので、納税通知書が来る前に課税が決まっているということですね。
同じように、平成29年中に勧告を受けると平成30年度で増税となるので、勧告を受けた年の翌年は増税されると覚えましょう。
農地集積バンクに貸すと減税
何かと出てくる農地集積バンクですが、今回の税制改正では、新たに遊休農地を農地集積バンクへ貸すと、固定資産税の減税対象になります。
ただし、保有する全農地(自作用に10アール未満を残すことは認められている)を農地集積バンクに貸すこと、なおかつ10年以上の貸付けが条件です。
10年以上の貸付けなら3年間1/2に減税、15年以上の貸付けなら5年間1/2に減税する措置が講じられ、これらは2年間の時限措置です(平成30年度税制改正大綱で2年間延長されました)。
遊休農地を農地集積バンクに貸さない:約1.8倍に増税
遊休農地を農地集積バンクに貸す:数年間1/2に減税
減税が数年間だとはいえ、その間は約3.6倍の開きが生じます。アメ(減税)とムチ(増税)を用意したほうが、農地集積バンクに誘導されやすいと考えたのでしょう。
また、増税で圧力をかけ、減税の逃げ道を作って誘導するような、露骨な手法を取り入れるほど、農地集積バンクの実績が悪いことも意味しています。
初年度は強烈に批判されるほど実績の悪かった農地集積バンクは、2年度目に入って実績が改善されました。とはいえ、初年度が悪過ぎなのですが……。

当初、2年間限定だった減税措置が延長されたのは、減税しても農地集積が進まず、減税延長による農地集積が見込めることを意味しています。
農林水産省によれば、平成28年度に農地集積バンクが借り入れた42,195haのうち、減税対象は11,501ha(18,438人)とのことでした。
なお、減税の開始時期は平成28年度とされますが、増税と異なり賦課期日の平成28年1月1日時点で農地集積バンクへ貸していても減税されません。
減税対象は「新たに」農地集積バンクへ貸した場合なので、平成27年までに農地集積バンクへ貸した人は対象外になるからです。平成28年4月以降から農地集積バンクへ貸した人だけが、翌年以降の数年間に渡り固定資産税が減税されます。
まとめ
「遊休農地・耕作放棄地は増税」とする言葉にはインパクトがあり、対象が限定されていることなど全く触れず、ミスリードしているメディアが目立ちます。
歪曲した見方ですが、農林水産省にしてみればミスリードすら歓迎で、遊休農地や耕作放棄地は固定資産税が1.8倍という情報だけ流布され、増税対象ではない遊休農地の所有者も、耕作を始めてくれれば儲けものといったところでしょうか。
もちろん、遊休農地の増加は、農地の集積化と農業の効率化・国際競争力の向上とは逆に作用するので、農地を保全しながら利用を進めていくのは正論です。
しかし、高齢化での担い手不足、相続による非農家の増加、守り続けてきた土地への執着などもあって、固定資産税の安さだけが遊休農地の原因ではありません。
諸事情は考慮されず、農地の自由な処分も許さずに、懲罰的な増税と農地集積バンクへの政策誘導では、どれほどの農家が納得するか疑問は残ります。